居住地特例と更生保護施設
今回は、更生保護施設そのものについてではなく、いわゆる司法福祉にまつわるお話について綴ってみようと思います。罪を犯して刑事施設へ入所する方の中には、何らかの障がいを持つ方も少なくありません。私たち横浜力行舎では、高齢の方や障がいを持つ方も積極的に受け入れていますが、刑事施設入所中は障がいが認められていなかった方でも、当施設入所後に初めて精神科通院を開始するなどして障害福祉サービスを利用することになった方なども少なくありません。このような支援を展開する中でキーワードとなるもののひとつが「居住地特例」というものです。
1.居住地特例とは
障害福祉サービスは介護給付と訓練等給付に大別され、障がいの程度や勘案すべき事項を踏まえながら、必要な様々な援助を受けることができます。当施設での支援の中で関りが深いものというと、共同生活援助(いわゆるグループホーム)や就労福祉サービス(就労移行支援や就労継続支援など)があげられます。再犯防止においては「居場所と出番」という言葉がキーワードとして語られることがありますが、まさにこの居場所と出番を考えるにあたって、生活場所(居場所)としてのグループホームや、日中活動(出番)としての就労福祉サービスの利用を提案することがあります。
障害福祉サービスは市町村によって支給決定がなされ、サービスを提供する事業所に公費から介護給付費等が支払われます。このとき公費の負担割合は、国が50%、都道府県と市町村がそれぞれ25%とされています。ここでいう市町村とは障がいを持つ方の居住する市町村を指し、支給決定をしたり介護給付費等の支払いを行う市町村のことを障害福祉サービスの実施機関と呼ぶことがあります。しかしながら、なんらかの事情で施設に入所している方が障害福祉サービスを利用したい場合に居住地(つまり施設所在地)の市町村が実施機関となってしまうと、施設の所在する市町村の財政負担が重くなってしまう可能性があります。たとえば、A市にあるZ施設が周辺の市町村(たとえばB市やC市)からも入所者を受け付けており、その入所者が障害福祉サービスを利用するときに居住地の市町村(A市)が実施機関となると、A市ばかりに重い財政負担がのしかかってしまいます。
そこで、あらかじめ定められた特定の施設に入所している方が障害福祉サービスを利用する場合、支給決定は当該施設入所前の市町村が行う(施設入所前の市町村が実施機関となる)というのが、いわゆる「居住地特例」と呼ばれるものです。さきほどの例でいうと、Z施設に入所している方が障害福祉サービスを利用するとき、施設入所前の居住地がB市やC市であった人については、現在A市に居住しているにも関わらず、B市やC市が支給決定を行い実施機関となるわけです。
2.居住地特例の対象となる施設
先ほど述べたように、居住地特例となるのは、あらかじめ定められた特定の施設に入所している方が障害福祉サービスを利用する場合です。では、どのような施設が特定施設にあたるのでしょうか。障害者総合支援法をもとに列挙すると、以下のようになります。
- 障害者支援施設
- のぞみの園
- 児童福祉施設
- 療養介護を行う病院
- 生活保護法第30条第1項ただし書の施設
- 共同生活援助を行う住居
- 有料老人ホーム、軽費老人ホーム、養護老人ホーム(地域密着型特定施設を除く。)
- 特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護医療院(地域密着型介護老人福祉施設を除く。)
また、運用上の取り扱いとして、以下の施設についても、居住地特例の対象とされています。
- 福祉ホーム
- 宿泊型自立訓練
- 精神障害者退院支援施設
さらに、精神科病院や矯正施設等については、以下の施設が居住地特例の対象として運用上取り扱われることになっています。
- 精神科病院(精神科病院以外の病院で精神病室が設けられているものを含む)
- 刑事施設(刑務所、少年刑務所、拘置所)
- 少年院
- 更生保護施設
- 自立更生促進センター
- 就業支援センター
- 自立準備ホーム
このとき、居住地特例の対象となる施設から居住地特例の対象となる施設へ移っている場合などには、一番最初に入所した居住地特例対象施設へ入所する前に居住していた市町村が実施機関となります。また、刑事施設や少年院といった矯正施設に入所していた人のうち、矯正施設入所前に居住地を有していない場合や明らかではない場合には、矯正施設収容前のその人の所在地にあたる逮捕地の市町村を実施機関とすることになっています。
3.居住地特例と更生保護施設
上記の通り、更生保護施設や刑事施設も居住地特例の対象施設となります。そのため、刑事施設に入所したのち更生保護施設に入所した人が障害福祉サービスを利用したい場合、原則的には刑事施設入所前の居住地である市町村が実施機関となることになります。たとえば、次のような例の場合実施機関になると考えられるのは以下の通りです。
刑事施設(刑務所)入所前の居住地であるA市が、実施機関になると考えられます。
住民登録はA市にあるかもしれませんが、現在居住実績がなく、特定の居住地を持たない生活をしているため、逮捕地であるB市をもってその人の所在地とし、B市が実施機関になると考えられます。
C市更生保護施設、B市刑事施設(刑務所)、D市自立準備ホームがいずれも居住地特例対象の施設となることから、最初の居住地特例対象施設であるD市自立準備ホームに入る前の居住地にあたるA市が、実施機関になると考えられます。
市町村間の協議によって、たとえば更生保護施設所在地であるC市が実施機関となる場合などもないわけではありませんが、原則的には、上記のように障害福祉サービスの実施機関が決定されることになります。
私たちの感覚的には、更生保護施設入所者の障害福祉サービス実施機関は居住地特例となることがほとんどであり、それも全国さまざまな場所になりやすい、と感じています。さきほど、居住地特例の対象となる施設として「生活保護法第30条第1項ただし書の施設」があるとご紹介しましたが、横浜力行舎と同一敷地内に存在し一体的な運営が行われている更生施設「甲突寮」は、まさにこれに当てはまる施設です。この甲突寮を利用されている方にも、居住地特例となる方は数多くいらっしゃいますが、横須賀市や藤沢市などのようにせいぜい近隣の市町村であることがほとんどです。それは、そもそも入所される方が基本的に神奈川県内の方に限られるからです。更生施設「甲突寮」は福祉事務所からの措置によって入所する施設となりますが、仮に単身生活が難しく生活を立て直すために更生施設の利用が望ましいと思料される場合でも、静岡県や千葉県といった違う都道府県にお住いの方へ「神奈川県の更生施設で生活を立て直しましょう」と提案するのは非常にハードルが高いことは、想像に難くないかと思います。そのため、施設入所前の居住地は横浜市やその近隣市の方がほとんどとなり、障害福祉サービスの実施機関が検討される場合でも、横浜市や近隣市が実施機関となる方がほとんどというわけです。
一方で、横浜力行舎に入所される方の障害福祉サービス実施機関は、全国津々浦々です。仮釈放で更生保護施設に入所するまでのプロセスを考えると理解することができます。
刑事施設に入所すると、出所後の帰住希望地をどこにするかという調査がはじまります。親族や雇用主などを引受人として帰住希望を出すこともできますが、適当な引受人がいない(あるいは何らかの事情によって頼れない)人については、更生保護施設への帰住を希望することができます。このとき、希望の方法としては「〇〇県の更生保護施設を希望する」という形で希望が出されることになります。つまり、必ずしも「これまでどこに住んでいたか」にかかわらず希望を出すことができるのであり、その結果、全国から更生保護施設へ入所することになるのです。
少し具体例を想定してみましょう。たとえば、生まれは神奈川県だがその後は関東地方以外のとある県(以下Q県)で暮らしていたところ逮捕され刑務所へ入刑、出所後はもう一度地元である神奈川県でやり直したいという希望を出される場合を想定することができます。また、Q県で生まれずっと生活していたが、出所後は仕事が多そうな東京都や神奈川県でやり直したいという希望が出される場合も想定できます。このとき、これまで神奈川県には縁もゆかりもないという場合も少なくありません。さらには、神奈川県で生まれ育ち生活をしていたが逮捕されQ県の刑務所に入ることになり(刑務所に入ることになった際は、これまで住んでいた場所や逮捕地にかかわらず、処遇上の理由などにより全国の刑務所に移送される可能性があります)、そのまま出所後はQ県の更生保護施設へ帰住して近隣のアパートへ自立、しばらく生活していたが再犯してしまい再び今回入刑、今回は出所したら生まれ育った神奈川県に戻りたい、といった希望が出されることもあるでしょう。ほか、Q県で生まれ育ちQ県への帰住を希望したが、Q県の更生保護施設では受入不可となり、東京や千葉なども不可となって神奈川県に希望を出した、という場合も考えられるでしょう。これらいずれの場合においても、障害福祉サービス利用の際には居住地特例となり、Q県が実施機関となることが想定されます。そして、こうした事例は決して少なくない……というよりも、少なくとも当施設においてはほとんどがそうである、ということができるでしょう。神奈川県横浜市に所在地を置く当施設において、障害福祉サービスを利用する際の実施機関が横浜市になる(前住登地が横浜市である)ことは、居住地特例で他市になることに比べ圧倒的に少ないと感じます。過去には、遠方の名古屋市が実施機関となったことも複数回あります。
4.居住地特例の意義と弊害
前述のように、居住地特例は、施設が所在する市町村の財政負担を軽減するためのものです。このような措置は間違いなく必要であり、施設を所在する市町村に財政負担が集中するという不公平があってはならないでしょう。
一方で、こうした居住地特例が、入所者が自立を目指すうえで不利に働いてしまうこともあります。
まずはじめに、特に遠方である場合には、気軽に相談することが難しくなる、ということがあげられます。居住地や近隣の市町村であれば、何かあったら電話だけでなく直接窓口で相談に乗ってもらうということも可能ですが、遠方となると、相談するには電話を用いらざるを得なくなります。もちろん、相談支援事業所などに相談することもできますが、たとえば更生保護施設からグループホームなどに入所した場合は実施機関の居住地特例が継続するのであり、直接相談しづらい状況が続くというのは決して本人にとって有利なものではないでしょう。
また、実施機関が決定するまでの時間がかかってしまうことがあることも、弊害のひとつといえるでしょう。実施機関と思われる市町村へ相談した際、「確かにうちが実施機関ですね」とすぐに話が進むこともありますが、「うちが実施機関となるか確認します」と一旦保留になることも少なくありません。過去に体験した事例をご紹介します。現在横浜力行舎(=神奈川県横浜市)に住民登録をしており、更生保護施設入所前は中国地方にある刑務所(A県A市)に入所していてそこで療育手帳を取得(発行元はA県)、逮捕されたのはB県B市だが、刑務所入所前はC県C市に住民登録をして生活実績があったという方がいらっしゃいました。生活する中での不安や苦手なことを聞き取りながら共同生活援助(グループホーム)の利用を提案し、ご本人も興味を示され希望されたため、相談を進めていくことになりました。はじめ、現在の居住地である横浜市へ相談しましたが、事情をご説明すると「実施機関はC市になると思うので、C市に相談するように」とお話いただきました。そこでC市へ連絡したのですが、はじめは「横浜市に住んでいるのであれば横浜市に相談してください」とお話しされ、居住地特例のためC市に相談するよう伝えたところ「確認します」と返答されました。その後は、C市と横浜市に加え、どうやら療育手帳発行元のA市や逮捕地であるB市へもC市から確認などをされていたようです。最終的には「やはりうち(C市)が実施機関になるみたいです」という返答を得たのですが、ご担当者の方が多忙だったこともあってか、実施機関が決定したのは最初の相談から3か月も経ってからでした。なお、その対象者の方は、なかなか実施機関が決まらず話が進まないことにしびれを切らして、実施機関決定の連絡をいただくまさに直前に、施設を退所されてしまいました。
上記の例は極端な例ではありますが、多くの場合実施機関の相談から決定までに2週間程度は要すことが多い印象であり、1~2か月経っても決定していないということも時々起こり得ます。さらに、実施機関が決定しても、遠方であれば遠方であるほど、区分認定調査などにお越しいただく日程調整が円滑に進まず、サービス利用までの手続きについても時間がかかってしまうことも多いです。このように、先行きが不透明な状態が続くことは、在籍可能期間が定められている更生保護施設からの自立を目指すうえで不利になるばかりでなく、ご本人の不安を増長させてしまうことに繋がりかねません。当施設において司法福祉を実践する際には、こうした点に留意をしながら実践を行っています。
5.おわりに
以上ご説明してきたように、居住地特例は必要な措置であると感じる一方、入所者がサービス利用を目指すうえで不利に働くこともあるものだと感じます。特に司法と福祉の連携が叫ばれる現代においては、市町村の負担や不公平を増大させることなく、かつ利用者が過度に不利にならないよう、一定の条件を満たす居住地特例対象者については公費負担割合における国の割合を増やすなど、制度のあり方についても考えていくことも必要なのかもしれません。
更生保護施設 真哉会の職員の菊田と申します。居住地特例の説明、素晴らしいと思います。根拠法は無くて、福祉事務所の障害福祉課にて、居住地特例について通達の書類を見せて頂きコピーさせて頂いたことがあります。このような声を発信し続けることは、大切だと思います。私は声を上げるのを諦めてしまいました。本当は諦めてはいけないんですよね。事例を使った分かりやすい説明、素晴らしいと思います。
真哉会 菊田様
いつも大変お世話になっております。やはりみなさま苦労されていらっしゃるのですね。支援においてより良い連携を行っていけるように、今後も考えていきたいと思っています。励みになるお言葉の数々、ありがとうございます。